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浦壁伸周の仏教第6真理

足るを知る。仏教の要諦である。
儒教でも「衣食足りて礼節を知る」と言われる。

# by buddhism-lab | 2010-08-24 18:45 | 浦壁伸周

浦壁伸周の仏教第5真理

生れて来たるは無し。
欲望の高揚は嬉し。
社会貢献の志も発見あるいはノーベル賞への挑戦のスター選手への欲望も美しい。
苦難もパラダイムすればチャンスシフト○○嬉びの糧。

# by buddhism-lab | 2010-01-18 17:19 | 浦壁伸周

浦壁伸周の仏教第4真理

道諦は真に非ずである。
個の視座の前に社会全体の正道へ向かうべし。

# by buddhism-lab | 2010-01-15 14:28 | 浦壁伸周

浦壁伸周の仏教第3真理

滅諦とはなにか。は真に非ず。生を高揚あるべし。

# by buddhism-lab | 2010-01-05 15:56 | 浦壁伸周

浦壁伸周の仏教第2真理

仏教は苦の理由に集。
即ち、欲望の集りによるという。
しかし、生とは欲望以外の何物でもない。
即ち、あるがまま生を眺めよ。である。
苦の原因である集諦という認識は、生の真実に於いて真に非ず。である。
苦の原因が迷妄と執着にあるという。
しかし、釈尊のパラダイムの外に立てば、迷妄とは釈尊の思い込みに外ならない。
執着とは生きるエネルギーに外ならない。
従って、集を肯定することは当然。
人間としての正当な欲望があることであるからして、これ生への執着は生の喜びの源泉である。
一歩進めて、否定を通した肯定。集諦という認識

# by buddhism-lab | 2009-12-19 14:12 | 浦壁伸周

浦壁伸周の仏教第1真理

仏教の真理の基本に苦諦、集諦、減諦、道諦がある。
そこでまず苦諦。仏教は人生を苦と断定する。
この苦諦は2400年前頃に、釈迦(シャカ)によって開示された哲学である。
この時代は非常に貧しく、生きることそのものが大変な社会状況だった。
この時代の空気を反映して、釈迦が主論した。
しかし、このペシミズムが正常な状況だった時代と、現代日本を比較すれば、あまりにも違いが大き過ぎる。
少なくとも、生きるのに困る状況にはなく、衣食住もそこそこ満たされた状況にある訳で、もっと生を積極的に肯定する思想が望まれる。
生まれ出ずることを肯定すべしは当然。
今、ここにこうして生きて存在している。
この自体に着目すれば、むしろ存在することを楽諦とすべし。
苦諦は真に非ずである。
なぜか。
苦の認識は、生の充実を生み出さない。
且つ、いかなる認識であっても存在は存在する。
存在することを否定は意味をなさない。
一歩下がって否定を通し肯定を生として、そこには生のダイナミズムはない。
つまり、イキイキとした人間はいない。
これらローソクの火を消して「熄む」である。

# by buddhism-lab | 2009-12-13 14:32 | 浦壁伸周

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